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東京地方裁判所八王子支部 昭和60年(ワ)1033号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告の請求

被告は原告に対し、金三〇三三万五一四〇円及びこれに対する昭和六〇年七月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  争いのない事実

原告と被告は昭和五七年七月三日、静岡県駿河東郡大山町にある富士スピードウエイ・メインコース(以下、本件コースという)で行われたドラッグレース(以下、本件レースという)に参加したが、被告運転の日産フェアレデイZ(以下、被告車両という)は競技中、ガードレールに衝突して空中に舞い上がり、ピットロード内の原告搭乗のコルベットスティングレイ(以下、原告車両という)の上に落下し、この事故(以下、本件事故という)で原告は負傷した。

三  争点

(請求原因)

1  本件事故は次のような被告の過失で発生した。

(一) ドラッグレースにおいては車両の改造が行われるが、レース参加者は事故防止のため、過大な改造を避け、走行の安全を改造の限界とすべきであるが、被告は記録、成績を重視するあまり、この限界を無視して車体を軽量のグラスファイバーにかえ、車体下部のカバーを取り外し、タイヤの空気圧を極端に低くするような過大な車両改造を行ったため、車両バランスが悪くなり、走行中、被告車両の前部が浮き上がり、本件事故を起こした。

(二) ドラッグレースにおいても運転操作に注意して事故を防止すべきであるが、被告はこれを怠り、運転操作を誤ったため、被告車両をガードレールに衝突させ、本件事故を招来した。

2  原告は本件事故で次の損害を被った。

(一) 車両損害 一三〇〇万円

原告所有の原告車両は昭和五三年に代金三〇〇万円で購入し、その後、一〇〇〇万円の費用をかけて改良したが、本件事故で大破し、その価格全額を失った。

(二) 治療費 八七万五一四〇円

本件事故で原告は右上腕骨開放骨折などを負い、事故以来、治療を受けている。

(三) 慰謝料 三〇〇万円

(四) 雑費 三〇万円

(五) 逸失利益 一一一六万円

原告(昭和二五年一一月生まれ)は本件事故後、右腕の運動障害により、全く働いていない。昭和五七年版賃金センサスによると、三〇ないし三四才の男性の平均年収は三七二万円であるから、原告は少なくともその三年分(一一一六万円)の収入利益を失ったことになる。

(六) 弁護士費用 二〇〇万円

(抗弁)

本件レースにおいて競技主催者(チェッカー・モータース)は、競技参加者同士の競技中における一切の過失事故につき、互いに損害賠償はできない、旨を定めており、原告はこの免責規定を承諾して本件レースに参加したのであるから、被告は本件事故につき、損害賠償責任を負わない。

(再抗弁)

被告主張の免責規定は、主催者などが責任を免れるために設けた極端に賠償責任者側に有利な規定であるから、公序良俗に反し、無効である。

四 証拠〈省略〉

理由

一  争点(請求原因)1(被告の過失)について

1  本件レース及び本件コース

〈証拠〉によると

(一)  本件レース(名称「カービート・フィスコ・オブ・ドラッグ・レース」)は昭和五七年七月三日、本件コースにおいて、雑誌社カービート主催によって行われた(但し雑誌社カービートは本件コースを開設、経営する富士スピードウエイ株式会社に対する実績がないため、コース使用申込はチェッカーモータースポーツクラブによってなされた)。

(二)  ドラッグ・レースとは、普通「ゼロヨンレース」と呼ばれるが、停止状態から四〇〇メートルまでの直線コースの通過タイムを競うものである。

(三)  日本国内で開催される自動車レースには、主催者が日本自動車連盟の登録を受け、同連盟の許可をえ、その定める規則に則って開催される公認競技と、連盟登録外の団体もしくは個人が主催する非公認競技とがあるが、本件レースは連盟の登録を受けていない雑誌社カービートが主催した非公認競技であって、同好の士が集まってスピードを競う計測会という趣のものである。

(四)  本件レースは、本件コース内のコントロールタワーに面した直線コースを利用して行われたが、レースは舗装された幅一五メートルの走路を二台の車が順次、併走し、各自二回ずつ走行して、そのベストタイムを競うものであった。

(五)  スタート地点から見て走路の左側には、白線で区切られ幅約五メートルのセイフティゾーンがあり、さらにその左側にはガードレール(高さ約七〇センチメートル)で仕切られたピットロード及びピットエリア(競技の走行を終えた車両が帰走したり、ピットインするためのエリア)が設けられていた

ことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  本件事故

〈証拠〉によると

(一)  被告は一回目の走行で一一秒二または一一秒三という、当日のベストタイムを出し、無事、ゴールインした。

(二)  原告は二回目のレースでゴールインしてから、Uターンし、ピットロードで一次停止し、次のレースを車中で観戦していた。

(三)  二回目のレースで、被告はコースの左側車線をスタートし、約三〇〇メートルを越え、時速二〇〇キロメートル位に達した附近で、突然、被告車両の後部が右に流れだして蛇行状態になり、車体は左に約一八〇度振られ、ゴールイン後、車体右側面がガードレールに激突して空中に舞上がり、前記のようにピットロードにいた原告車両の上に落下した

ことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  争点(請求原因)1の(一)の過失について

本件コース内は道路交通法二条一号に規定される道路ではないから、コース内を走行する車両の車体の改造に関しては、道路運送車両法四〇条以下の保安基準遵守の義務はないが、〈証拠〉によると、これら本件レース申込書、改造申告書は外国旅行中の被告のため、知人宮下が原告の意思を忖度して作成、提出したものであり、被告の生年月日など、一、二事実と異なっている部分があるが、概ねは事実や原告の意思に合致、符合するものである)、〈証拠〉によると、非公認競技である本件レースでも参加者は国内競技規則の規定に同意しており、この規則9-3は、出場自動車は構造、走行適性、装備について国内競技車両規則に従わねばならず、競技審査委員会は危険な自動車を競技から除外できる旨を規定していることからしても、走行の安全が車両改造の限界であることは原告主張のとおりである。

ところで〈証拠〉によると

(1) 被告は本件レースに先立ち、被告車両の重量を軽くするため、車体のうち、ボンネットの鉄板部分をグラスファイバーに替え、バンパーのステーを取り外し、燃料タンクも六〇リットル容量のものを容量四リットルの安全タンクに交換した(これにより、もともと九七〇キログラムであった車重は八〇〇キログラムになった)。

(2) 被告車両は後輪駆動であるため、車体後部が重くないと、後輪タイヤのグリップ力が落ち、スタートの際、タイヤがスリップするおそれがあるので、被告は重量配分を良くするため、本来は車体前部にあるラジエーターや前記安全タンクを後部に設置し、運転座席も一〇ないし一五センチメートル後部に移動をし、スタートの際にスリップしないよう、米国のドラッグレース専門の会社が製造した低圧タイヤをセットし、空気圧も〇・四五キログラムに落とした

ことが認められる。

しかし〈証拠〉によると

(1) 本件レースに際しては主催者による車両検査はなかったが、被告がなした前記認定のような改造は、スピードを競う本件レースのような競技では多くの参加者が行なっているものであり、本件レースでは車重を減らすため、ラジエーターを全く付けないような、被告車両よりも改造レベルが高い車両も参加していた。

(2) 原告自身も、車体材質をグラスファイバーに変更するなど、一〇数箇所の改造を行なった車両で本件レースに参加した。

(3) タイヤの空気圧は被告がレース前に〇・五キログラムにセットしてスタートしたところ、スリップしたので、それより低い〇・四五キログラムに減らしたものである。

(4) 被告は本件レースの一回目は被告車両を走らせて、ベストタイムで無事ゴールインしている。

(5) 被告は本件レースの場合と同様の改造を施した被告車両で数回、同種レースに出場したが、異常が生じたり、事故を起こしたことはなく、また被告車両でレースのための車検を受けることもあるが、車検に通っている

ことが認められ、右認定事実からすると、前記認定の被告の改造などが車両改造の限界を越えた過大、危険なものであったとはいい難く、原告本人尋問の結果中、被告の改造は限界を越えたもので、タイヤの空気圧も低過ぎるように思えた、との部分は右認定の事実に照らすと採用できず、ほかにこの点に関する被告の過失を認めるに足りる証拠はない。

4  争点(請求原因)1の(二)の過失について

スピードを競う本件レースにおいても走行の安全が尊重されるべきことは前記のとおりであるから、レース参加者が運転操作に注意して事故を防止すべきことは原告主張のとおりである。

しかし二回目のレースで、被告がコースの左側車線をスタートし、約三〇〇メートルを越え、時速二〇〇キロメートル位に達した附近で、突然、被告車両の後部が右に流れだし、蛇行状態になり、車体が左に約一八〇度振られ、ゴールイン後、車体右側面がガードレールに激突して空中に舞上がり、ピットロードにいた原告車両の上に落下したことは前記認定のとおりであるが、被告の運転操作が原因でそのように車体後方が右に流れだしたことを認めるに足りる証拠はなく、結局、何が原因で約三〇〇メートルを越えた附近で被告車両の後部が右に流れだし、本件事故に至ったかは不明であるといわざるをえない(もともと自動車の前輪を支える軸受のキングピーンは後方に傾いており、キングピーンの延長線はタイヤの接地点より前方にあるため、自動車の直進性は極めて高いことは公知の事実である。また直線コースで行なわれる本件レースでは、スタートからゴールインまでハンドルは保持しておればよく、別段のハンドル操作は必要ではないのであるから、本件レースにおいて、ハンドル操作が原因で前記のように被告車両の後部が右に流れだしたとは考え難い)。

そしてほかに被告が本件レースにおいて安全を無視したような運転操作をしたことを認める証拠はない。

二  結論

以上のように争点(請求原因)1(被告の過失)を認めるに足りる証拠はないから、原告の請求は失当であり、これを棄却する。

(裁判長裁判官 上杉晴一郎 裁判官 光前幸一 裁判官 遠藤真澄)

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